とうげの旗に発表された「分教場ものがたり」が、装いも新たに、一冊の本となって帰ってきました。
主人公の和彦を中心に、その家族や友人たちの姿を生き生きと描いた本作は、宮下先生の自伝的作品となっています。
物語の時代は、昭和13年とずいぶん昔なのですが、そこには、冒険があり、探検があり、友情があり、そして、美しい自然が満ちています。
今から考えれば、食事の風景も質素なのですが、おむすびにしても、味噌汁にしても、ラムネにしても、こうやって、みんなで食べたり飲んだりすれば、それは、本当のごちそうだったにちがいないと思えてきます。
それほど、先生の文章力や表現力のクオリティーが高いと言うことができますが、それだけではありません。
本作は、宮下先生の心の中に生き続けてきた子供時代の原風景であり、それゆえに、作品の中に出てくる景色やにおいや音、味といったところまで、よどみなく、今、目の前にある現実のように読者に伝わってくるのです。
ある意味、現代の子どもたちとは、まったくちがう生活スタイルであるがゆえに、逆に現代の子どもたちに読んでもらいたい良書となっています。
ふだん、目にしたり耳にしたりすることのない新しい世界が、そこには、きっと広がるはずです。
作者の宮下先生は、本作の出版を待たずに、2017年5月25日、多くの人々に惜しまれつつ他界されました。
しかしながら、その時代その時代の問題点と真摯に向き合いつつ執筆された先生の作品群の中で、本作が、その頂点を極めた最高傑作であることは間違いありません。
そして、先生の魂は、この「里山少年たんけん隊」とともに新たな命となって、わたしたちの前に帰ってこられたのだと思えてならないのです。