魔女ラグになれた夏

著者:蓼内明子 絵:たえ(PHP)

大学二年生の長女「光希」、高校一年生の次女「富美」、小学六年生の「岬」の三姉妹が織りなすひと夏の物語。

それは、東京オリンピックの年の夏。

主人公の岬には、となりクラスの祐川紗奈との間に、ちょっとしたわだかまりがある。

「色が白くて物静かで、ピアノが上手なお嬢様」である紗奈との、魔女ラグのキーホルダーをめぐる幼稚園のころの事件が、今でも胸をしくしくさせるのだ。

魔女ラグとは、アニメ番組に出てくるキャラクターで、岬は、このラグがお気に入りだった。

夏休みに入ったばかりのある日、美容室で髪を切った岬は、短くなりすぎてショックを受ける。

ところが、それを見た次女の富美からワックスをつけてもらったとたん、自分が、魔女ラグに似ている気がして・・・。

富美というおばあさんのような名前をきらい、岬に「あてねちゃん」と呼ばせている次女とスーパーを経営している父親との確執を伏線に物語は進行していく。

個性の強い家族の中にあって、自己主張ができずに、何かと周囲の顔色をうかがって生きている岬。

そんな岬に「言いたいことがあったら、はっきり言えよっ!」と、厳しくもやさしく諭してくれる幼なじみの要。

やがて、どこかで幸福を演じていたぎこちない家族に、父親の腹痛からはじまった暗い影が、忍び寄ってくる。

何かにつけて引っ込み思案だった主人公が、姉の家出をきっかけに変化していく姿が、初々しく、すがすがしい。

どこの家庭にもある家族の問題や、同年代の友人との摩擦など、思春期を迎えた少女の心の動きを、繊細なタッチでつづる良質な少女小説である。

東京オリンピックに関する記述が、現実と異なってしまったのは、不運であったかもしれないが、こうあってほしかった2020年が描かれている点には、かえって感慨深いものがある。