長野県の阿坂温泉郷には、地域おこしのために創設された阿坂太鼓という伝統芸能がある。
主人公の彩音(あや)と三つ違いの弟の逢音(あお)は、おじいちゃんの住んでいる、この阿坂に行くのが好きだが、特に逢音の阿坂びいきはすごい。
逢音は、生まれつき病弱で、なかなか学校へも行けない悩みを抱えていたが、阿坂へ行くと、たちまち元気になって、大好きな太鼓をたたきたがる。
実は、阿坂太鼓は、おじいちゃんが、若いころに仲間たちと作り上げた地域芸能だった。
そんな弟を、うるさく思ったり、かわいく思ったり、彩音は、どこにでもいる普通の女の子。
このまま、いつまでも幸せな家族の生活が続くものと、当たり前のように思っていた。
逢音が、彩音のちょっとした不注意が原因で、彼女の前から永遠に姿を消してしまうまでは・・・。
物語は、不慮の事故で弟を亡くした小学六年生の少女の目を通して、時に切なく、時に温かく進んでいく。
家族で一からやり直そうと、両親ともども、阿坂へ引っ越してきた彩音は、そこで、字こそ違うが読み方が弟と同じ名前の少年、蒼(あお)と出会う。
ぶしつけな態度で、彩音に学校の太鼓クラブへ入るよう勧める蒼。
ずけずけと自分の考えを押し付けてくる蒼に猛反発する彩音だったが、彼との間には、逢音と通ずる不思議なつながりがあった。
長野県阿知川沿いにある温泉郷を舞台に、地域に伝わる太鼓や、逢音が「ぎょろりさん」と名付けた湯屋守様など、郷土の風物を丹念に描き、物語に現実感をもたらせている。
それぞれの登場人物の思いを交錯させながら進んでいくストーリー展開は、読者に主人公の心の軌跡を疑似体験させてくれるほどまでに書き込まれており、その構成力にも見事なものがある。
表紙絵をはじめ、誇張のない美しい挿絵を多く取り入れた編集方針が、アニメや漫画に親しんだ現代の子供たちを物語の世界へと入り込みやすくさせている点も評価したい。
太鼓に思いをぶつける主人公の成長が、「あの空にとどけ」というタイトルと重なるラストに、著者の子供たちに対する深い愛情と、緻密な取材に裏打ちされた卓越した文学性を感じさせる。
小学校高学年以上向き。