今年も、ツバメがやってくるあたたかな季節になりました。
ツバメは、遠い南の国から子どもを産むために日本にやってきて、寒くなるころに、また、南の国へ帰っていきます。
みなさんの家にも、ツバメが巣を作るでしょうか?
小学四年生の真人くんは、近所の家々の軒下にできたツバメの巣を見上げては、毎日毎日、うらやましそうにため息ばかりついていました。
真人くんの家には、今まで一度もツバメが巣を作ったことがありません。クラスメイトでなかよしの由紀子ちゃんや順也くんのところには、もう何年も前から、ツバメが巣作りにやってきて、ピーチク、ピーチク、チーッとさかんに鳴きながら飛びまわっています。
べつにツバメが来てくれなくたって、こまることはないのですが、やっぱり、真人くんだって、自分の家からかわいいツバメのヒナが巣立つところを見てみたいのです。
「ねえ、お母さん。どうして、うちにはツバメが来てくれないんだろう?」
五月も半ばを過ぎたというのに、ちっともツバメが飛んでくる気配などないから、ある日の晩ごはんのとき、真人くんは、お父さんとお母さんにたずねてみました。
「そうねえ。おとなりにミーがいるからじゃない?」
お母さんが言いました。
ミーというのは、おとなりで大切に飼われているミケ猫のことで、真人くんも、ときどき、遊んであげます。
もちろん、ミーはとってもかわいくて、真人くんは、ツバメが巣作りをしてくれない理由をミーに押しつける気にはなれません。
「ツバメが住みやすいように、巣箱を作ってあげたらどうかな?」
これは、お父さん。
「軒下に巣箱を置いてあげたら、ツバメだって、これはラッキーって思ってくれるかもしれないよ」
いつもノーテンキなお父さんだけど、このときばかりは、真人くんも、お父さんの言うとおりだと思いました。
それで、お父さんに手伝ってもらいながら小さな巣箱を作って、真人くんの部屋がある二階の軒下においてみたのですが、ツバメは、やっぱり巣箱に入ってくれませんでした。
そうこうしているうちにも、学校では、由紀子ちゃんが、「今日、ヒナがかえったの」なんて言ってるし、順也くんの家でも巣作りがはじまったようすです。
(もう、ツバメは、ぼくの家がきらいなんだ!)
真人くんは、とうとう、腹を立ててしまいました。
そんなある日のこと。
真人くんは、テレビでおもしろい番組を見ました。有名なタレントがいっぱい出てくる人気番組で、その日は、枕の下に大好きなものの写真を入れると、入れたものの夢が見られるというのは本当かどうかを実験するという内容でした。
真人くんは、ちょっとインチキくさいなあと思いましたが、ためすだけならやってみようと思い、その夜、パソコンで検索したツバメの画像を印刷して、枕の下に入れてみることにしました。
すると、どうでしょう。眠りについた真人くんの耳もとで、いつのころからか、ピーチク、ピーチク、チーッとツバメの鳴き声がしています。
「あれ?ツバメだ!」
真人くんは、大急ぎでベッドからおきあがり、すでに朝日のさしている窓を開けてみました。
いました!一組のつがいのツバメです。
二羽のツバメは、ピーチク、ピーチク、チーッと鳴きながら、真人くんの家のまわりをひらひらと飛んでいます。
「やったあ、ぼくの家にもツバメがやってきたぞ!」
真人くんは、大喜びでジャンプをしましたが、そのとたん、目がさめてしまいました。
そう、これは夢だったのです。
真人くんは、少しがっかりしましたが、枕の下の写真の効果に(これはいいかもしれないぞ・・・)と胸をおどらせました。
本物のツバメは無理でも、夢の中でなら、ツバメに会えるのです。
次の夜も、真人くんは枕の下にツバメの写真を入れて寝ました。
やっぱりです。夕べは、ただ、飛びまわっていただけのツバメたちが、今夜は、二階の軒下に巣を作りはじめています。
「ようし、いいぞ。やっと、ぼくの家にもツバメが巣を作ってくれるんだ」
もっとも、これは夢の中での話です。朝になって目をさますと、真人くんの家には、ツバメの巣なんてどこにもありません。
それでも、真人くんは満足です。学校に行くと、由紀子ちゃんや順也くんに、得意げに言いました。
「ぼくの家にも、とうとうツバメがやってきたよ」
「えっ本当?見たいわ」
「だめだよ。ぼくんちのツバメは、ほかの人には見えないんだから」
「なあに、それ?どういうこと?」
不思議そうに首をかしげている、由紀子ちゃんと順也くん。
真人くんは、本当のことは何も言わず、ふふんと鼻を鳴らしただけでしたが、心の中では、うれしくってしかたありませんでした。
さて、それからしばらくして、真人くんの夢に出てくるツバメが、卵を産みました。
ヒナは、五匹。巣から小さな顔をいっしょうけんめい突き出して、「早くごはんちょうだい!」って親鳥にうったえています。
「かわいいなあ。みんな、みんな、かわいいなあ」
部屋の窓からツバメのヒナたちを見上げながら、真人くんは、にっこりと目をほそめました。それから、ふと思いました。
「そうだ、せっかくなら、もっとたくさん、ツバメの巣があったほうがいいや」
たしかに、夢の世界でのできごとですから、巣はいくつあってもかまいません。
由紀子ちゃんの家だって、順也くんの家だって、ツバメの巣はひとつずつしかありませんから、二人とも、真人くんのことをうらやましがることでしょう。
(ようし、今度は、ぼくが二人に自慢してやるんだ。ぼくの家に、十個のツバメの巣があったら、みんな、びっくりしすぎてひっくり返っちゃうかもしれないな)
真人くんは、その日の夜から、インターネットで見つけたたくさんのツバメが写っている画像を印刷して、枕の下に入れてみました。
やっぱりです。効果は、てきめんです。さっそく、昨日までとは別のつがいのツバメが、今度は、真人くんの家の一階の軒下に巣を作りはじめました。
(本当に、枕の下に写真を入れただけで夢が見られるなんて、びっくりだな)
夢の中での真人くんの家には、その後も、次々とツバメの巣ができていきました。
最初は、一日にひとつずつ増えていったのが、一週間もすると、一日に二つずつになり、さらには、三つずつ、四つずつとなっていきました。
「どう?由紀子ちゃんの家のツバメは、元気に育ってる?」
ある日、真人くんは、学校で由紀子ちゃんにたずねてみました。
「うん、もうちょっとで巣立ちを迎えられそうなの。たのしみだわ」
「それはよかったね。ぼくんちなんか、もう、何十個も巣ができているんだけど、まだ、巣立ったツバメがいないから、大にぎわいさ」
真人くんは、寝不足ぎみの目の下に、黒いクマを作って笑いました。
近ごろ、真人くんは、あまり眠れていません。いえ、夢の中でたくさんのツバメたちと会っているのですから、眠ってはいるのですが、ぜんぜん、つかれがとれないのです。
だって、たとえ夢の中とは言っても、ツバメたちがあっちでもこっちでもピーチク、ピーチク、チーッて鳴いているわけで、もう、うるさくってしょうがないのです。
「その話、なんだか変だな。ぼくは、学校に来るとき、いつも真人くんの家の前を通るけど、ツバメなんて一羽もいないじゃないか」
横で話を聞いていた順也くんが、ちょっと口をとがらせて言いました。
「そうよね、わたしも真人くんの話、信じられないな」
由紀子ちゃんも、言いました。
「そんなことないよ。ぼくは、うそなんかついてない。だって、ぼくんちのツバメは、毎晩、ぼくの夢の中に出てくるんだから」
真人くんが言い返すと、由紀子ちゃんと順也くんは、口をそろえて「えーっ!」とさけびました。
真人くんは、これまでのことを、すべて二人に話しました。
枕の下にツバメの写真を入れて寝たら、夢の中にツバメが出てくるようになったこと。たくさんのツバメが写っている写真に変えたら、夢の中でも、ツバメが増えていったこと。
「へえっ、そんなことってあるんだねえ!」
順也くんは、興味しんしんで目を見開きました。
「でも、なんだか心配だわ。真人くん、このごろ、顔色がよくないわよ」
由紀子ちゃんは、ちょっと心配顔です。
「だいじょうぶだよ。それより、早く巣立ちの日が来ないかな。何百匹ものツバメがいっせいに巣立ちするところを二人にも見せてあげたいよ」
真人くんは、下にクマのある目を輝かせましたが、由紀子ちゃんと順也くんには、ちっとも、輝いて見えませんでした。
それからも、真人くんの夢に出てくるツバメは、増え続けました。もう、軒下はもちろん、物置の中にまで巣があります。
ツバメたちは、さかんに飛びまわり、いっしょうけんめい鳴いて、真人くんの家は、まるでツバメのマンションのようになりました。
けれども、どうしたわけか、ヒナたちは、一羽も巣立ちをしようとはしません。体もずいぶん大きくなって、親鳥と変わらない姿をしているのに、いつまでもせまい巣の中に閉じこもったままなのです。
「おかしいなあ。どうして巣立ってくれないんだろう?このままじゃあ、新しい巣を作る場所がなくなっちゃうよ」
真人くんが、部屋の窓を開けて、ツバメの巣を見ようとしたそのときです。何十羽ものツバメたちが、いっせいに部屋の中に飛びこんできました。
「あっ、こら!だめだよ、家の中に入ってきちゃあ!」
真人くんは、思わず両腕をふってさけびましたが、どうにもなりません。ツバメたちの動きは速く、とても、追いきれるものではないのです。
「ああ、どうしよう。家の中にまで巣を作るつもりだ・・・」
真人くんの頭のすぐ上を、ツバメがすごいスピードでかすめていきます。一匹、また、一匹と・・・。
「わあっ、危ないじゃないか。やめてくれよ!」
ツバメたちは、真人くんの頭をつつきながら、ピーチク、ピーチク、チーッと鳴き続けました。
「おまえなんか出て行け!ここは、ぼくたちの家だ」
まるで、そんなふうに怒鳴っているかのようです。
「うわあっ、たすけて!」
真人くんは、たまらず家から飛び出しました。そして、空を見上げたとたん、驚きすぎてしりもちをつきました。
なんと、空一面、ツバメ、ツバメ、ツバメだらけ!何千羽、いえ、もしかしたら、何万羽かもしれません。
そして、真人くんの家は屋根から壁まで、びっしりとツバメの巣におおいつくされています。
ピーチク、ピーチク、チーッ!
ピーチク、ピーチク、チィィィーッ!
ピーチク、ピーチク、チィィィィィーッ!
目を白黒させている真人くんに向かって、ヒナたちがさけびます。もう、うるさすぎて、両手で耳を押さえていなければならないくらいです。
そして、さらに・・・。
あたりが急にうす暗くなったかと思うと、上空をまるでジャンボジェット機のように大きなツバメが、羽をバッサバッサ鳴らせて飛んでいくではありませんか!
うす暗くなったのは、ツバメの体で太陽がかくれてしまったからでした。
「わああああっ、もう、いいよ!夢の中だけのツバメなんて、もう、たくさんだ!」
悲鳴をあげながら、真人くんは、ベッドの上に飛びおきました。
そうです、何もかも夢なのです。夢だとわかっていましたが、真人くんは、つくづく夢でよかったと思いました。
あたりは、とても静かです。カーテンのすき間から、おだやかな朝日がさしこんでいます。
真人くんは、枕の下にあったツバメたちの写真を、急いでまるめてゴミ箱にすてました。夢の中にだけ出てくる、にせもののツバメなんて、こりごりです。
ところが、そのとき、窓のすぐ向こうからピーチク、ピーチク、チーッというツバメの鳴き声が聞こえてきました。
真人くんは、びくっとして肩をすくめましたが、すぐに窓に飛びついて思いきりよく開けました。
すると・・・。
「あっ、ツバメだ・・・」
なんと、お父さんと作った巣箱の上に、ツバメの巣がひとつできています。
いつのまにか、巣には五匹のヒナがいて、親鳥がいっしょうけんめいえさを運んでいます。
あんなに待ち望んでいたツバメたち。けれども、最近の真人くんは、夢の中のツバメばかりに夢中で、現実のツバメたちの訪れに気がつかなかったのでした。
「わあいっ、やったあ!ぼくの家にも、とうとう本物のツバメが来てくれたんだ!」
かわいいヒナたちの様子に、真人くんは、たちまち顔をほころばせました。
ツバメの親鳥は、そんな大喜びの真人くんのすぐ近くを、ひらひらと飛んでいます。まるで、「これから、ぼくたちの家族をよろしくね」とでも言ってくれているかのようです。
その様子をながめながら、真人くんは思いました。
夢の中のたくさんのツバメなんかより、やっぱり、一羽でも本物のつばめのほうがいいや。
今日、学校へ行ったら、由紀子ちゃんと順也くんに言ってあげよう。
ぼくの家にもツバメが来てくれたよって。
夢のツバメなんかじゃない、本物の生きているツバメだよって。
青い空に、ツバメたちが元気よく飛んでいきます。まっ白な雲が、形を変えながら、ぐんぐんと流れていきます。
少し暑さを感じさせる太陽の光に、目を細める真人くん。
今年も、もう、夏がはじまっています。