まだまだ、暑さを残した九月中旬の日曜日、いよいよ、秋祭りの日がやってきた。
組合費として集めた予算を使って、早朝からわずかばかりの花火を上げると、今年も、この季節がやってきたとだれもが思う。
しかし、そんな、けやき通り商店街の人々の中で、いちばんはりきっているのは、福引マスコットガールの若菜だった。
若菜は、まだ、店が開く前にナイトウ洋菓子店にやってきて、お気に入りのオレンジのはっぴ姿を披露した。
「さすが、若菜ちゃんだねえ。よく、似あってるよ。正真正銘のけやき通りのマスコットガールだよ」
鈴子からほめられて、若菜は、ご機嫌だ。
「おお、佐和子が小学生だったころとそっくりだよ。若菜ちゃんは、美人になるぞ」
作蔵は、大きな地声でカッカッカッと笑う。
健二だけが、ふんっと鼻を鳴らして、興味なしという態度を示すと、若菜は、いつものパンチのかわりに、思い切りアカンベーをした。
福引は、けやき通りの中ほどにある、小林古本店の前で行われる。
小林古本店は、組合長である小林繁治の経営する、けやき通りで唯一の古本屋だ。ふだんは、夫婦でかわるがわる店番をしているが、今日は、奥さんが、組合の婦人部の中心者として外に出ているため、繁治は、自分の仕事と秋祭りの仕事の両方で、朝から大忙しである。
今日から次の日曜日、そして、祭日の月曜日までを含めた九日間、けやき通り商店街では、周辺地域に大々的にチラシをまいて、売り上げ拡大に全力を上げる。
店頭の商品も、通常価格から二割引き三割引きの値札が貼られ、けやき通りは、買いもの客でにぎわうことになる。
わたがしや焼きイカといった出店も、組合で立ち上げるから、本当にお祭りといった雰囲気だ。
そして、そんな、お祭り気分をさらに盛り上げるのが、小さな子供たちによる、ダンボールのおみこし担ぎだった。
これには、一馬の妹の加奈も参加することになっていたので、バーバー大峰では、父親の裕次がひとりで店を守り、一馬と母親の春枝は、ビデオカメラ片手に、朝から加奈のうしろをくっついてまわっている。
青々とした秋空の広がる、絶好の祭り日和だった。
ナイトウ洋菓子店も、いつもより値下げしたお菓子を山のように用意して、のれんを出した。早速、路上で待ちかまえていた主婦たちが店頭になだれこみ、まずまずの出足である。
この日ばかりは、健二とて、店の手伝いをしないわけにはいかない。あの荷物を持ってこい、これをどこそこへ持っていってくれと、大人たちから指示されたことを、黙々とこなし、めずらしく生まじめな健二なのだった。
昼時になると、人通りはさらに増え、そのあと、一時だけ静かになる。健二たちは、その時間をねらって昼食をとる。
福引の引き換え場で奮闘していた若菜に、いっしょに食べようと、佐和子お手製の焼きそばとおむすびを持っていってあげると、手をたたいて大喜びだった。
「わたし、みんなから、かわいい、かわいいって、もう大変だったんだから」
絶好調の若菜は、あきれ顔の健二を無視して、うっとりと言う。
途中から恒子もいっしょだったようで、「若菜ちゃん、すごい」を、さっきから連発している。
みんなの心配をよそに、例年どおりの活気ある秋祭りに思えた。やはり、開催してよかったと、だれもが、鈴子の意見が正しかったことを実感していた。
だが、駅前通り商店街の組合長である大熊源三郎が、むずかしい顔をして、小林古本店にかけこんできた時から、事態は一変した。
「繁ちゃんはいるか?大事な話があるんだが」
源三郎は、店先で食事をしていた健二たちに、興奮した様子でたずねた。奥から、繁治の返事が聞こえる。
「どうした?今、手が離せないんだ」
「繁ちゃん、大変なことになったぞ。和田コーポレーションのやつらが、工事の準備をはじめやがった」
「なんだと!」
手が離せないはずの繁治が、飛び出してきたのも無理はない。台所の方で何かをやっていたのか、ガシャーンッと食器の割れる音がした。
「どういうことだ?」
「どうもこうもない!さっき、建設会社のやつらがやってきて、おばけ工場に入っていきやがった」
和田コーポレーションから連盟への事前連絡は、いっさいなかった。
六月に行われた住民への第二回説明会で、交渉が決裂となって以来、和田コーポレーションは、連盟を相手にしていなかった。
だから、通達がないのは当然のことと言えたが、それでも、連盟として、はいそうですかと受け入れるわけには断じていかない。
健二たちは、源三郎と繁治のやりとりを、ぽかんと口を開けて聞いていた。大変なことがおこりつつあると感じはしたが、これから、何がどうなっていくのか、見当もつかなかった。
繁治は、早速、けやき通り商店街組合の役員を電話で集めた。役員たちは、この忙しい時に何事かという顔をしながらも、五分とたたないうちに、全員が小林古本店にやってきた。その中には、作蔵の顔も見える。
「どうした、繁ちゃん。何かあったのか?」
人前では、繁治のことを会長と呼ぶ作蔵が、「繁ちゃん」と名前で呼ぶのは、めずらしいことだった。それほど、あわてていたのだろう。
「おばけ工場に、工事業者が入った・・・」
繁治の苦渋の言葉を聞いて、みんなの顔にサッと緊張が走った。まるで、空気が凍りついたかのようだった。
「やつら、あえて、秋祭りをねらって行動に出やがった」
「そうだ、そうにちがいない。こちらが、身動きとれないのを知っててやったんだ」
「チクショウ!汚いやつらめ!」
各々の口から、和田コーポレーションをののしる声が飛び出した。
「会長、とにかく、事実を確かめた方がいい。けやき通りからは、あまり、人数は避けないが、駅前通りからならどうだろう?」
作蔵の意見に、大熊源三郎がうなずいた。
「おれたちの方は、いつでも動けるぞ。繁ちゃんは、ここから離れられないだろうから、こちらでなんとかしよう」
話は、あっという間にまとまった。
血走った目をした大人たちを目のあたりにして、健二は、いやな予感がした。
これは、とんでもないことになる・・・。
「おまえたちは、心配せんでいい。健二、このことを義男たちにも伝えてくれ。わしは、会長といっしょに現場へ向かう」
作蔵にそう言われた健二は、「わかったよ」と答えて、一目散に自宅へ向かった。
若菜もいっしょに行きたいと言ったが、福引のマスコットガールが、持ち場を離れるわけにはいかない。かわりに、恒子が若菜の両親のもとへ走った。
帰宅した健二が、家族に事情を説明してしばらくすると、もう、一馬が話を聞いてかけつけてきた。
さすがに、日ごろから近所づきあいの深い、けやき通り商店街では、情報は、あっという間に全世帯に伝わる。
「うちのおやじも、飛び出していったぜ。あとさき考えずに、店を閉めちまいやがった」
「おまえのおやじさん、この問題になると、人間が変わるからな」
「今日は、加奈が初めてみこしを担いだ日だから、晩ごはんは、外へ食べに行くことになってるのにさ。これじゃあ、どうなることやら」
一馬がため息をつくと、今度は、増田弘樹がナイトウ洋菓子店にやってきた。島村満久もいっしょだ。
「健二、話は聞いたよ。うちの父さんも、おばけ工場に出かけたんだ。なんか、心配でさ・・・」
弘樹の家はふとん店、満久の家は自転車店である。二人の家はとなりどうしで、昔から家族ぐるみのつきあいをしている。
「うちのお父さんも、いっしょに行っちゃった。お母さんだけでは、自転車の修理は、無理なんだけど」
相変わらず、あめ玉をしゃぶりながらの満久だったが、それなりに心配はしているらしい。
健二は、低くうなった。
これまでの和田コーポレーションと連盟の関係を考えると、今回は、まさに一触即発の事態と言ってよかった。
血の気の多い作蔵たちが、和田コーポレーションの関係者と向きあった時、どんなことがおこるのか。
「やめてください。あなたまで、行くことないじゃないですか」
調理場の方からは、母の鈴子の声がした。
「おれだけが、じっとしているわけにはいかないよ。すぐに戻ってくるから、だいじょうぶだ」
どうやら、父の義男も、おばけ工場に向かう気でいるらしい。
「お父さんまで行っちゃったら、お店はどうなるの?今日は、秋祭りなのに」
さすがの佐和子も、いつになく不安を前面に出している。その様子を見て、健二は口を開いた。
「おれが様子を見てくるから、おやじは、残っていてくれよ。姉ちゃんの言うとおり、店がこまるだろ?」
けれども、これには鈴子が大反対だった。
「子供が行くようなところじゃないでしょ!何がおこるか、わからないんだから」
「だから、行くんじゃねえか。じいちゃんが、どうなってもいいのかよ」
こういう時の健二は、ふだんとは別人のように、舌がなめらかになる。鈴子も、もっともな息子の言い分に、思わず口ごもってしまった。
「まずいことになりそうになったら、おれが、じいちゃんをつれ戻してくるよ。みんながいれば、なんとかなるさ」
健二は、そう言って、一馬、弘樹、満久の三人をふり返った。みんな、引きしまった顔でいっせいにうなずく。なんだかんだと言いながらも、いざという時には、頼りになる連中だ。
それでも、かけ出そうとする健二を佐和子が呼び止めた。
「絶対に無理をしないでね。危険だと思ったら、素直に帰ってくること。キャンプの時のようにはいかないのよ。何かあったら、わたしも行くからね」
思いがけず、佐和子の口からキャンプの話が出て、健二は、決まり悪そうに首を縦にふった。
貞行たちとの大乱闘は、岡村先生から関係者の父母に伝えられ、キャンプから帰ってくるなり、健二は、両親にこっぴどくしかられた。
どういうわけか、作蔵は何も言わず、佐和子も知らないふりをしていた。もっとも、唇を腫れさせて帰ってきたのだから、異変に気づかないわけがないのだが、それでも、健二をいさめるようなことはしなかった。
その佐和子が、あえてキャンプの話を持ち出して言うのである。よほど、弟のことが心配だったのだろう。
「いいわね?約束よ」
「わかったよ・・・」
健二は、いやだとは言えなかった。それほど、佐和子が、有無を言わせない真剣な目をしていたからだった。ただ、「何かあったら、わたしも行く」という姉の言葉は、健二の胸に痛いほどひびいた。
健二は、一馬たちと、まず、若菜の自宅である青嶋酒店に向かった。若菜の両親には、恒子が事情を説明しているはずだが、そこが気にかかった。
若菜の父の治は、健二から言わせると、「いつも酔っぱらっている」ような、のほほんとした性格で、センチュリーWADAの出店問題に対しても、それほど怒りをあらわにすることはない。
健二の父の義男や、一馬の父の裕次とも仲がよく、宴会好きだから、時々、店の酒に手を出して、家族からしかられることもあったりする。そんな、父親だった。
問題なのは、母の容子の方である。
実家が家族そろって漁師という、荒っぽい環境に育ったせいか、細かいことにくよくよしない、男勝りなところがある容子は、センチュリーWADAの出店には大反対である。
今回の和田コーポレーションの暴挙を知れば、作蔵たちといっしょになって、過激な行動に出ないともかぎらない。
健二は、それを避けたかった。でないと、若菜が言うことを聞かなくなると思ったからだ。
若菜の性格は、まさに母親譲りだが、それだけに、ふだんから容子のことをいちばん気にかけている。もしも、容子がおばけ工場に向かったとなれば、母親思いの若菜が、じっとしているはずがなかった。
健二は走りながら、もう、容子は店から飛び出してしまっているかもしれないと思った。恒子に任せたのは、まちがいだったかもしれないと後悔もしていた。
ところが、青嶋酒店の前まで来た健二は、その入口で仁王立ちになっている恒子を見て驚いた。
「よお、健ちゃん。それに、みんな、そろってどうした?」
ビールケースを軽トラックの荷台に積みこみながら、治が、相変わらず、のんきな質問をする。体つきは小柄ながら、日々、重いビールケースと格闘しているだけあって、そのまっ黒に日焼けした上半身は、筋骨隆々といった感じである。
「あっ、健ちゃん。いったい、どうなってるんだい?」
恒子に邪魔されて、店の中に閉じこめられていた容子が顔をしかめた。
「どうなってるって、こっちが聞きたいよ。恒子、おまえ、そこで何やってるんだ?」
恒子は、足を肩幅まで広げて、腕を組み、ひとりでこわい顔をしている。
「恒ちゃんが、わたしに店から出るなって言うんだよ。おばけ工場に、行っちゃあいけないって。若菜から、そう頼まれたってね」
「だって、おばさんが行ったら、若菜ちゃん、マスコットガールしていられなくなるもん。そんなの、かわいそうだもん。あんなに、楽しみにしてたのに」
恒子が、こんなにはっきりと自分の意見を言うのを、初めて聞いた健二たちは、そろって、口をあんぐりと開けてしまった。恒子は、大まじめなのだ。
「やるじゃねえか、恒子!」
健二は、日ごろおとなしい恒子が、若菜のためには、ここまで強くなれることを知って痛快に思った。
もっとも、恒子の方は、健二から何をほめられたのかわからず、ポカンとした顔をしている。
「おばさん、おばけ工場には、おれたちが行くよ。何かあったら、じいちゃんをつれ戻してくることになっているんだ」
「でも、あんたたちの親も行ってるんだろう?うちだけ行かないわけには・・・」
「おれのところは、じいちゃんだけだよ。それに、恒子の言うとおり、おばさんが行ったら、若菜も、あとを追いかけるに決まってる」
「・・・・・」
健二は、「若菜を、行かせちゃいけない。今日だけは、いやな予感がするんだ」という言葉を、のどの奥で飲みこんだ。口に出したら、そのいやな予感が、現実のものになってしまいそうな気がした。
「しかたないねえ。あんたたちが、そこまで言うなら・・・」
若菜以上に髪を短く切って、まるで男のようないでたちの容子は、健二たちの一途なまなざしに、ため息をもらした。
「若菜のことを思ってくれる、あんたたちの気持ちには感謝するよ。あの子も、健ちゃんたちの気持ちに、気づいていればいいけど」
「若菜には、おれたちから、現場には来るなと言っておくよ。おばさんが家にいてくれれば、だいじょうぶさ」
健二たちは、容子との話を終えると、再び走り出した。もう、容子が家を出る心配はなくなったと思ったのか、恒子もいっしょについてきた。
小林古本店の前で、若菜は、今も福引のマスコットガールに徹していた。健二の姿を見つけると、こらえきれないように、着ていたはっぴを脱ぎ出した。
「恒ちゃん、悪い。これ、お願いしたいの」
「え~っ」
「健二たちも、行くんでしょ?おばけ工場に」
若菜は、恒子にはっぴを押しつけて、けわしい表情で問いただす。そんな若菜の肩に両手を置いて、恒子が強い調子で言った。
「若菜ちゃんは、ここにいないとだめだよ。わたしといっしょに」
「だって、母さんは?恒ちゃんがここに来たってことは、やっぱり、おさえきれなかったんじゃないの?」
「ううん、若菜ちゃんのおばさんは、今も家にいるよ。だから、安心して」
驚いた若菜の目が、泳ぐようにして健二の顔で止まった。
健二も、口を開いた。
「本当だよ、恒子が説得したんだ。だから、おまえは、ここにいなきゃいけない」
「・・・・・」
若菜は、健二と恒子を交互に見くらべて、それから、拍子抜けしたように肩を落とした。
「そう、そうなの・・・。母さん、よく引き下がったなあ」
若菜にとっても、恒子のがんばりは、意外だったのだろう。正直なところ、恒子では、自分の母親は、とてもおさえられないと思っていたのだ。
「よし、じゃあ行くか。恒子は、ここで若菜と待っていてくれ。頼んだぞ」
いよいよ、おばけ工場に向かおうとする、健二たちの背に向けて、若菜はさけんだ。
「気をつけてね!」
「おお、まかせとけ!」
健二は、ふり返ってこぶしを突き上げたが、その時の若菜の顔が、いつになくさみしげなのを見てドキッとなった。
(ひょえ~、若菜のやつ、けっこうマジだぜ。なんか、悪いことをしたみたいな気がしてきた・・・)
健二は、心の中で若菜に手をあわせながら、一馬たちと走り続けた。
おばけ工場は、西団地の手前、淀浜公園の向かいにある。
かつては、鉄鋼業を営んでいたこの工場も、閉鎖から三年がたち、今では、まさに、おばけの出そうな廃墟と化している。
国道七八七号線をはさんで、北に位置する工業団地は、現在でも稼動を続けているが、主に、この両工場で働く人々の住居として建てられたのが、西団地だった。
おばけ工場が近づいてくると、その正門付近に集まっている、たくさんの人々が目に入った。
怒号が聞こえる。
「おいっ!やめろ!こんなことをしていいのか!」
「帰れ、帰れっ!勝手なことばかり、するんじゃない!」
連盟の男たちが、大声でさけんでいる。
「邪魔しないでください!これは、法律にのっとった行為ですよ!違反しているのは、あなた方ですよ!」
拡声器でしゃべっているのは、和田コーポレーションの人間だろう。
しかし、その男のとなりに、白いヘルメットをかぶって立っている人物を見て、健二の足は止まった。
「あれは!」
「どうした、健二?」
先頭を走っていた健二の背中に、ぶつかりそうになりながら、一馬たちも立ち止まった。
「あれ、美雪のおやじじゃないか?」
「なんだって?」
みんな、目を細めて、健二の指差した男をながめた。
「本当だ。上条さんのお父さんだよ、あの人」
弘樹が言うと、一馬も、「やっぱり、父親が和田コーポレーションの幹部だっていう、上条の話は、本当だったんだな」と、うめくように言葉をもらした。
まちがいなかった。健二たちは、キャンプ初日の朝、美雪の父親の聡史を目撃している。
「なんか、すごいことになってない?あそこで、こぶしをふりまわしているの、健二のじいちゃんだよね?」
満久が言うとおり、作蔵は、すさまじい剣幕で怒鳴り声を上げていた。
正門は、多くの和田コーポレーションの従業員たちで固められていたが、連盟側の勢いは、そうした人間の壁をも押し倒そうとしている。
「きさまら、こんなことをして、ただですむと思ってるのか!責任者は、どいつだ?」
遠くから伝わってくる作蔵の言葉を聞いて、健二は、複雑な思いになった。
(じいちゃん、責任者は目の前にいるんだぜ。そいつが、美雪のおやじなんだよ)
聡史は、だまって、作蔵の言葉に耳をかたむけていた。言い返すのは、あくまでも拡声器の男ひとりだけだ。
「下がってください!下がって!警察が来ますから、話しあいをしようじゃありませんか?」
「なんだと?警察を呼んだだと!力ずくで、おれたちを排除するつもりか!」
連盟側は、聞く耳を持とうとしない。
そうこうしているうちに、本当に警官隊がやってきて、連盟側は、騒然となった。
「なんだ!何をしに来た?おれたちは、何も暴力なんぞふるってないぞ!」
「そうだ、抗議の邪魔だ!帰れ、帰れ!」
一人や二人が騒いでいるくらいなら、警官たちも、驚きはしないだろう。
しかし、今はちがう。何十人もの男たちが、目を血走らせてさけびあっているのだから、もしも衝突がおこれば、警官隊も無傷ではすまなくなる。
「全員、解散しなさい。実力行使は、犯罪になります。後日、話しあいの場を持つようにしたら、どうですか?」
警官が拡声器を使って言うと、たちまち、反発の声が上がった。
「何を言うか!話しあいをしても、こいつらは、聞く耳を持たなかったじゃないか!どう、話しあえと言うんだ!」
「一方的な裁定を下すな!おまえたちも、地元の警察官なら、公平にものを見たらどうだ!」
健二が予感したとおり、もはや、事態は、平和的な解決とは程遠い状況になってきた。
警官隊は、今にもつかみあいになりそうな、両者の間に割って入ろうとしたが、そのことで、かえって連盟の男たちは怒り狂った。
その中には、一馬や弘樹、満久の父親たちも入っている。
「すげえ・・・。おやじ、頭がいかれちまってるぜ」
一馬が、父親の裕次の暴走ぶりに、目を白黒させた。手に、はさみこそ握られてはいなかったが、学生時代は、柔道部だったという骨太のたくましい腕は、それだけで十分凶器になる。
「まずいぞ。このままだと、本当に暴力沙汰になって、みんな逮捕されちまう」
健二の背中に、ひとすじの冷や汗がツーっと流れた。
「突っこんでいって、おまえのじいちゃんをつれ出してくるか?」
さすがに、一馬の顔にも、ふだんは、あまり見せたことのない緊張が走った。
「おれのじいちゃんだけじゃない。おまえたちのおやじも、やばいだろ?」
「全員をつれ出すなんて、無理だよ。相手は、大人だもの」
弘樹が、いささか青ざめた表情で言った。
「まずは、健二のじいちゃんを引っぱってくる方がいいんじゃないかな。健二のじいちゃんがいなければ、ほかの大人たちも、おとなしくなると思うけど」
思いがけず、満久がもっともなアイデアを出した。
「そうだ、そのとおりだ。やっぱり、初めは、おれのじいちゃんからだ」
健二は、だんごのようになった人だかりを見すえて、大きく息を吸った。
あんな、野獣の群れに飛びこんで、生きて帰ってこられるのか?
そんなことを考えながら、みんなで顔を見あわせ、一気に突撃する。
「うわあぁぁぁぁっ!」
走った!
とにかく、走った!
そして、大混戦の男たちの中に、思いきり飛びこんだ。
「痛てえぞ!」
「なんだ?だれだ、おれの足をふんだやつは!」
突然、背後から体を押されて、連盟の男たちが大声を出した。
健二たちは、かまわず突進し続けた。が、体の大きい大人たちに押し返されて、まず、太っちょの満久がはじき出された。
「あっ、満久!」
「ふり返るな、健二!先に進め!」
健二の背中をあと押ししながら、一馬がさけぶ。その一馬のうしろにぴったりくっついて、弘樹も大人たちの間をかき分けていく。
「うぐっ・・・」
鈍い悲鳴が聞こえたと思ったら、今度は、弘樹が腹を押さえてうずくまった。これには、一馬も反応しないわけにいかなかった。
「弘樹、立て!早く立たないと、ふみつぶされちまうぞ!」
一馬は、弘樹の腕をつかんで、無理やり引っぱり上げた。しかし、そのおかげで、健二とはぐれてしまった。
「一馬!」
健二のさけび声は、まわりの騒音にかき消された。あっという間に、一馬や弘樹の姿が見えなくなり、ついには、自分がどこにいるのかもわからなくなった。
(なんだ?何がどうなってんだ?じいちゃんは、どこにいるんだ?)
まるで、押しくらまんじゅうのような中で、健二は、作蔵を探した。
けれども、前にもうしろにも、自分が思うとおりの方向へは進めない。胸と背中が圧迫されて息は苦しいし、男たちの熱気もひどいものだ。
健二は、佐和子の言葉を思い出した。
「絶対に無理をしないでね。危険だと思ったら、素直に帰ってくること」
やはり、無理をしてはいけなかったのだ。これは、とても健二たちの手に負える事態ではない。
若菜が来なくて、本当によかった。
「どけえっ!どいつもこいつも、わしの前に出てくるなあ!」
だれかが、健二の近くで怒鳴っている。健二は、その声に聞きおぼえがあった。
和助だ。
藤村和助が、この場所に来ている。
(なぜだ?なぜ、和助のじいちゃんがここにいるんだ?)
何がなんだかわからないまま、健二の体は、まわりの大人とともに大きく押しやられた。
「どけと言っとるのが、わからんのかあ!」
押しているのは、和助だった。その気迫とパワーは、とても、老人のそれとは思えない。
「和助ェッ!」
どこかで、作蔵がさけんでいる。
「じいちゃん!」
健二も、のどをふるわせてさけんだが、その声が作蔵に届いたかどうかは、わからなかった。
「和助、やめろっ!やめるんだ!」
その時、健二は、すうっとまわりの圧迫から開放されて、わずかに開けた空間におどり出た。
ころびそうになりながら、なんとか足をふんばって顔を上げると、和助が、すごい形相で、和田コーポレーションの男たちの垣根に突進している。その勢いに気おされて、垣根がくずれた。
「うおおおおおっ!」
和助は、獣のような雄たけびを上げて、こぶしをふり上げた。驚いた警官たちが、すぐさま和助を押さえにかかる。
しかし、和助が一歩早かった。
「おまえらも、こいつらの味方かあ!おれは、絶対に許さんぞお!」
和助の剣幕に、拡声器の男が腰を抜かした。そのとなりに立っていたのは、美雪の父、聡史である。
健二は、目を見開いたまま、声も出なかった。
鈍い音ともに、聡史は、ひっくり返った。和助が、聡史の顔面をなぐったのだ。
「こらあっ、きさまあ!」
警官たちが、いっせいに和助に飛びつく。
「なんじゃあ!小僧ども、はなさんかあっ!」
地面にねじ伏せられた和助が、恐ろしい絶叫を上げた。