著者:椰月美智子(講談社)
主人公の「ぼく」は、「勉強もできなかったし、運動もからきし」な小学五年生。
お父さんはおらず、アパートでお母さんと二人きりで生活している。
クラスでも存在感がなく、人前でしゃべるのが苦手な「ぼく」には、友達と呼べるような存在もいない。
けれども、五年生になったばかりの教室で、何かと声をかけてくる押野という同級生と出会う。
お調子者だが、思いやりのある押野に誘われて、「ぼく」は、近所の空き地で野球をするようになる。
その空き地には、他校の子供たちも集まってきていて、しだいに彼らに慣れ親しんでいく「ぼく」。
そんなある日、突然、お母さんが勤めている会社を辞めて、引越しをすると言い出した。
せっかく、生まれて初めての友達ができたというのに、引越しなどしたいわけがない。
けれども、お母さんの意志は固く、結局「ぼく」は、地元にあるお母さんのお父さん、つまり、おじいさんの家で暮らすことになるのだが。
一見、こわそうに見えるおじいさんとの暮らしぶりが、ごくごく自然体で飾り気がなく、人が生きる本来の姿を表現している。
特別な事件もなく、つらいことや少し寂しいこともあるが、それでも、毎日が楽しく素朴な幸せを感じられるありがたさ。
本作は、大人にとっては、遠い昔に失われてしまったかもしれない、まっすぐに生きようとしていた自分を思い起こさせてくれる、大人のための児童文学ととらえることもできる。
一方で、その描写力は、子供の目線に忠実で、奇をてらうようなところもなく、読者である子供を物語の世界に引き込むことを難なくやってのけている。
特別な題材がなくても、これほどまでに児童文学という一分野が成立するのだということを証明したお手本のような作品である。
淡々とした語り口の中にも、成長を遂げていく子供たちのダイナミックなパーソナリティの形成が織り込まれた野間児童文芸賞、坪田譲治文学賞受賞作品。