第四章

一日一日が瞬く間に過ぎていき、まるで、物語のページを読み飛ばしたような勢いで次の日曜の朝がやってきた。

目を覚ました藍が窓を開けると、天気予報通りの真っ青な空が、目の前に広がっていた。

今日も、みかんの花の匂いが、朝の澄んだ空気の中を漂っている。

「おはよう。蒼、いる?」

部屋の中の空間に呼びかけると、「ここだよ~ん」と、本棚の上の天井近くに蒼の姿が浮かび上がってきた。

単純にハイキングを楽しみにしていた子供のような素直さで、「よかったね、晴れたね」と言う。

「ハイキングなんて、子供の時以来だよ。なんかねワクワクしちゃうね」

「もう、わたしにとっては、勝負の一日なんだから。もっと、緊張感持ってよ~」

「アハハハ、冗談だって。早いとこ、朝ごはん済ませて、橙真君呼びに行こ!藍のお母さんを呼べなかったのは、残念だったけど」

数日前、藍は、仕事から帰ってきた母さんにも、ハイキングの話を持ちかけていた。

死神が襲ってくるかもしれないハイキングに、母さんを呼ぶのには、かなり抵抗があったけれども、何も言わずに出かけるわけにもいかなかったから、声をかけてみた。

答えは、案の定、「ハイキングか、いいわね。でも、母さん、夜勤明けだから、あなたたちだけで行ってきなさい」というものだった。

無理もない。看護師の母さんと本気で遊びに出かけるつもりなら、もっと事前に計画を立てておかなければならない。

ただ、藍が、この際、母さんとの思い出の一日を作っておきたいと考えたのも事実だった。蒼は、絶対に自分が守ると言ってくれているけれども、藍が死なないという保証は、どこにもないのだから。

とはいえ、死神が襲撃してくる可能性を考えると、母さんを呼ぶのは危険が大きすぎる。

じゃあ、ユウ君の両親ならいいのかということになるが、そこは、さすがに橙真。二人を招いたのには、ちゃんとした理由があった。

ユウ君の家からの帰り道、橙真は、こう言ったのだ。

「ユウ君のこと、あの両親から聞きたいんだ。蒼さんが言うように、どうも、お互いになじめていないみたいだし、その辺を解決しとかないと、そもそも、ユウ君の気持ちを変えるなんてこと、できないんじゃないかと思ってさ」

ああ、そうです。その通りです。

死を迎えるというユウ君の運命は、根っこのところから手を加えないと変わらない。そこには、両親の存在も大きく関わってくると考えるのが、当然だろう。

だから、橙真は、ユウ君の両親までハイキングに巻き込んだのだ。

今、いよいよハイキングの当日を迎えて、藍には、橙真と同様、今日は、何かが起こるのではないかという予感が働いていた。

そう、どこかで死神がやってくる。

「あの死神、姿を現すかな・・・?」

「たぶんね。わたしたちがユウ君と行動するのを、見ていないはずがないからね」

藍の問いに、蒼は、自信を持って答えた。

「こちらとしては、それも、望むところだから。おびき出したいのよ、あいつ」

「うん・・・」

藍の胸に緊張が走る。先日のブランコ事件のことが、頭をよぎった。

だって、同じ死ぬでも、首チョンパなんて、みじめすぎるじゃない?そうだよ、首チョンパなんて、断固阻止しなきゃ!

変なところで固く決意したまま、ユウ君たちを迎えに行くと、先日とは打って変わって、満面の笑みを浮かべたユウ君が玄関口で出迎えてくれた。

「おはよう、ユウ君。今朝は、ご機嫌だね!」

「うん。昨日、お菓子いっぱい買ってもらったの」

そう言って、ナップサックの中身を見せようとする。

ズボンのポケットからは、いつものように、マイティロボも顔を出している。

「本当に、こんなに笑ったのは初めて。お二人のおかげです」

ユウ君のお母さんが、ユウ君に聞こえないように、こっそりと藍に耳打ちする。

まだ、出発する前なのに、もう、うっすらと目に涙を浮かべているから、藍は、「いえいえ、そんなことありません!」と、首をブンブン横に振るしかなかった。

早速、ユウ君の家を出て予定していたハイキングコースへと向かったが、一年生のユウ君の手を引くのは、自ずと藍の役割になった。上級生が下級生とペアを組んで出かける、小学校の遠足みたいだ。

藍は、ユウ君が熱中症にならないよう顔色に気を配りながら、「あっ、ツバメ!」と空を指差したり、「あっ、テントウ虫が飛んでった!」と叫んで草むらに入っていったりする姿に目を細めた。

途中、持ってきた水筒の水を飲ませながら、「ユウ君、楽しい?」って聞くと、「うん、楽しい!」と子供らしい元気な答えが返ってくる。

それから、しばらく歩き続けると、今度は、橙真を見上げて、「お兄ちゃんも、こっちの手、握って」と藍とつないでいるのとは反対の手を差し伸べた。「よしきた」とばかりに橙真がユウ君の手を取って、三人数珠つなぎのようになる。

そしたら、ユウ君が藍と橙真の間で、スキップを始めた。時には、後ろからついてくるお父さんとお母さんを振り返ったりもする。

その時の藍の感想は、(この子、こんなにはしゃぐんだ)である。ちょっと、びっくりするくらいの変わりようだった。

しめしめ、この感じなら、悪くはない。ユウ君が元気になって、明るく笑えば笑うほど、運命に変化が起こるはずだ。死神も取りつきにくくなる。

けれども、ひそかにほくそ笑む藍に向かって、ユウ君が唐突に付け加えた。

「なんだか、本当のお父さんとお母さんに、手をつないでもらってるみたい」

この一言に、藍は、心臓が口から飛び出すかと思ってしまった。

えっ、えっ、何言ってるのユウ君?

君の今のお父さんとお母さんは、わたしたちの後ろを歩いている二人なんだよ?そう思わないといけないんだよ。

君が新しいお父さんとお母さんのもとで元気に暮らしていけるようにならないと、死神は離れてくれないんだから。

そう危機感を抱く一方で、

橙真とわたしが、ユウ君のお父さんとお母さん?いやいや、それって、どうなのよ?橙真は、今のユウ君の言葉を、どう思ってるの?

あれあれ?橙真ったら、顔を赤らめちゃって、もう、恥ずかしいったら、ありゃしない。

なんて、藍自身もほっぺたを真っ赤にさせながら、先日のユウ君みたいに、体をくねくねさせてしまっている。

「こらこら、今は、そこで喜んでる場合じゃないでしょ?もう、すぐに顔に出ちゃうんだから」

さすがに見かねた蒼が、藍の耳もとで注意を促した。

そうだった。姿を消しているけれど、レインボーチームのみんなが、そばにいるんだった。

ここまでのこと、全部見られていたのかと思うと、体中がカアッとが熱くなる。

ああ、わたしって、恥ずかしすぎる・・・。

初夏の日差しは、それなりに強く、歩いているだけで首筋に汗がにじんできたが、水分補給さえしていれば、ハイキングは、順調すぎるほど順調に進んでいった。

一度だけ、お水を飲みすぎたユウ君が、途中でおしっこに行きたくなるというハプニングはあったけれど、昼食を取る予定だった休憩所まで難なく歩いてきてしまった。

ユウ君はと言えば、まだまだ歩けそうな感じで、今も橙真にじゃれついて、キャッキャと声をあげている。

ユウ君のお父さんとお母さんも、しきりにタオルで額の汗をぬぐってはいたけれど、元気なわが子の姿に勇気づけられているのか、こちらも、表情は明るい。

「少し早いけど、お弁当にしますか?」

橙真の一声に、全員が「そうしよう」ということになった。

長時間、歩いてきたせいで、いつもよりお腹がすくのが早い気がする。

見晴らしのいい木陰にシートを引いてお弁当を広げると、ユウ君のお父さんとお母さんが用意してくれたおかずの豪華さに、藍も橙真も歓声をあげた。

「ユウ君のために、わたしがお弁当を作ってきてあげるよ」

そう言ってユウ君をハイキングに誘い出した藍だったが、朝早く起きて作った自分のお弁当との違いに経験の差を見せつけられた感じだ。

さすがにユウ君もおいしいものには勝てないみたいで、藍のお弁当には、ほとんど箸を付けてくれない。仕事で忙しい母さんの代わりに、キッチンに立つこともしばしばな藍にとっては、少しくやしい結果である。

もっとも、お母さんの唐揚げをほおばって、「おいしい!」と笑っているユウ君を見れば、これでいいのだと思えてくる。

ユウ君が新しい両親と打ち解けて、生きることに前向きになってくれること。それこそが、今日のハイキングの目的なのだから。

すると、橙真が、「ユウ君、姉ちゃんが持ってきた弁当、兄ちゃんが食ってもいいか?」と、ユウ君に尋ねた。

ユウ君は、ちょっと困ったような顔をして藍の顔を見たけれども、「わたしは構わないよ」という藍の言葉に「うん」とうなずく。

「おまえの弁当だって、負けてないぜ」

卵焼きやタコさんウインナーをつまんだ後で、橙真は、こっそり藍に耳打ちした。

どっどっどっきーん!

今、確かに心臓が雄たけびをあげた。

「そ、そう?ありがとう・・・」

できるだけ平静を装って答えた藍だったが、心に染み渡るこの温かい感覚は何だろう?こういうさりげない気配りに、わたし、いつもドギマギさせられちゃうんだよね。

なんてことを考えているうちに、ハッとなって、あたりをキョロキョロと見まわす。

今のも、蒼たちに見られてた?

危ない危ないと冷や汗をかきそうになった藍だったが、心を静めて蒼たちの気配を探ると、そのうち、隣の木の陰でとっくり片手にどんちゃん騒ぎをしているレインボーチームの姿が浮かび上がってきて、ひっくり返りそうになった。

おいおい、わたしたちの護衛をしてくれるんじゃなかったの、あなたたち?

白い目でにらみつけている藍の視線に気づいて、さすがの蒼も、きまり悪そうに頭をかいた。

「あっ、いっけな~い!つい、お仕事のこと忘れちったあ~」

そう言いながら、ほろ酔い加減の、ほっぺたピンク色だから、反省しているとはとても思えない。

白井さん夫妻にはトイレに行くと言って、蒼を人気のないところへ連れ出すと、藍は、ほっぺたをふくらめて文句を言った。

「もう、そんなに酔っぱらって大丈夫なの?」

「あはは、だいひょうぶ、だいひょうぶ。酔ってなんかいないひゃら」

「幽霊がお酒で酔うなんて、知らなかったわ。死神が襲ってきたら、どうすんのよ?」

「ひょれよひょれ。こうひてれば、死神も油断して現れるでひょ?」

やたらと「ひ」が多い言葉を連発しながら、蒼は、ニコニコと言う。

本当に、どこまで本気なんだかわからないよ、この人。

鼻を鳴らす藍だったが、まあ、ここまではいい感じだ。新しい両親のもとに笑顔でいるユウ君を見れば、今日のハイキングが成功であったことはわかる。

「少し、みんなでまとまりすぎておるかの?これでは、死神も手を出しにくいじゃろ?」

気がつけば、黄門様をはじめ、他のレインボーチームも集まってきている。

「この後、二手に別れようか?あの親と一緒にいる限り、出てこないと思うぜ、あいつ。本来、死神ってのは、ターゲットにした人間の前にしか現れないものだからな」

アカ子の言うことももっともで、先日、ユウ君が藍とブランコに乗っている時に襲ってきたことの方が、おかしいのだ。

「どうでござろう、藍殿がユウ殿をどこかへ連れ出すというのは?さすれば、セオリー通り、拙者たちが陰からお二人をお守りするでござるが?」

ムラサキ殿の意見に一同うなずいたが、そこへ、なかなか戻ってこない藍を心配して橙真がやって来た。

橙真は、事情をすぐに察知して言った。

「それなら、おれがユウ君を連れていくよ。藍に行かせるのは危険すぎる。この前のこともあるし」

「でも、それじゃあ・・・」

「おまえには、ご両親からユウ君のことをいろいろ聞き出してほしいんだ。言っただろ?家族の問題が解決しないと、根本的な解決にはならないって」

反論しようとする藍を、橙真は、ぴしゃりと押さえ付ける。

「蒼さんと黄門様は、藍の警護をお願いします。死神が現れたら、すぐに連絡しますから」

「わかったわ。ここは、橙真君に任せた方がよさそうね。ひっく」

少しは酔いが冷めてきたらしい蒼が、しゃっくりをしながら答えた。

こうして、午後から二手に分かれた藍たちだったが、橙真が「今から、夏になったらカブトムシが出そうなポイント、探しに行こう」と言ってユウ君を連れ出してしまうと、後に残された藍は、ユウ君の両親と面と向き合う形になって、妙に緊張してしまった。

一緒にハイキングに来てはみたものの、正直なところ、今日を入れて二度しか会っていない年配の大人と話すのは、中学生の女子にとっては、なかなか骨が折れるものだ。

えっと、どうしよう。ユウ君のことを聞き出せばいいんだよね?

そう頭ではわかっているものの、どんなふうに声をかけたらいいのか、わからない。

まずは、「いい天気ですねえ」なんて、社交辞令のような会話から始めようかしら?

そんなことを考えているうちに、ユウ君のお父さんの方から藍に話しかけてきた。

「今日は、ありがとうございました。本当のことを言いますと、ユウがあんなに笑顔を見せてくれたのは、初めてなんです。なんて、お礼を申し上げればいいか」

「えっ、いえ、そんな、お礼なんてとんでもないです。わたしたちも、ユウ君といるのが楽しいだけですから」

恐縮して答えたが、ウソは言ってないと藍は思った。

ユウ君といるのは、楽しい。自分が子供好きだなんて考えたこともなかったから、逆に自身の新しい側面を教えてもらえた気がして、藍は、感謝しているくらいだ。

すると、ユウ君のお父さんは、藍が聞きたがっていた情報、つまり、息子の核心に迫る話を自ら語り出した。

「わたしたちの考えが、甘かったのかもしれません。結婚したのは二十代前半だったんですが、なかなか子宝に恵まれませんでね。ようやく男の子を授かったのは、妻が四十になる手前のことでした。だが、脳に障害があり、生まれてから一度も病院を出ることなく、わずか四歳で亡くなりました」

もしかしたら、ユウ君のお父さんは、語りかけている相手が、まだ中学生の少女であることを忘れてしまっているのではないか?

そう疑いたくなってしまうほどの、あまりにも重い話の内容に、藍は、ユウ君のお父さんの顔をまじまじと見た。

これって、知り合って間もない相手に語るようなことじゃない。普通は、胸の奥にしまい込まれていて、なかなか探るのが難しい類の話だと思う。

でも、ユウ君のお父さんは、伝えるのが当然という顔で、淡々と話を続ける。ユウ君に何かと関わりを持とうとしてくれる藍を、一人前の大人と見てくれているからかもしれない。

けれども、聞いている藍の方は、ただただ唖然として、何と受け答えすればいいか、わからなくなってしまった。

「わたしもですが、妻がひどく落ち込みましてね。それ以来、子供のことは考えないようにしていたんですが、亡くなったわが子のことを思い出さない日はなくって。ずいぶん悩みましたが、施設から男の子を引き取ることにしました」

「・・・それが、ユウ君なんですね?」

「ええ、施設に赴いた時、いちばん悲しそうな目をしていたのが、あの子でした。当時のわたしたちと同じ目をしている気がしましてね。聞けば、母親はすでに他界しているそうで、父親も行方不明なんだとか。それで、少しでもこの子の力になれないかなんて、大それた考えを起こしてしまいました」

大それた考えなんて、そんなことはないと藍は思った。

よくはわからないけれど、藍には、この白井さんというご夫妻が、とても誠実で優しい人たちに思える。孤児のユウ君にとって、二人に引き取られたのは、決して間違いではなかったはずだ。そう信じたい。

けれども、ユウ君のお父さんは、夢が破れた人のように、軽いため息をついた。

「やっぱり、遅すぎたんですよ。わたしたちも、この歳ですからね。ユウにとっては、父母というよりも、祖父や祖母のような感じなんだと思います。どうしても、お父さん、お母さんとは呼んでくれなくて」

「・・・・・」

「もっと、若い両親が欲しいんでしょうね?まだ、六歳ですから、無理もないです。こちらの一方的な思いだけで引き取ってしまいましたが、少し浅はかだったかもしれません。さっき、ユウがお二人と楽しそうにはしゃいでいる姿を見て、そう思いました」

ユウ君のお父さんは、そう言って少し笑ったが、そこには、何ともやりきれない苦しみとか痛みのようなものが込められていた。

藍は、ぐっと胸をしめつけられている思いがした。

もしかして、わたしがしていることって、ユウ君のお父さんとお母さんを苦しめている?

ユウ君の命を助けるために、全力を傾けているつもりだったので、頭が混乱した。

これって、どういうことなの?わたしは、確かにユウ君に生きてほしいと思っている。それには、現在のご両親と本当の親子になっていくのが正しいと信じている。

だから、ハイキングの企画を立ててみんなを誘い出し、あわよくば、ユウ君が明るく元気な子になってくれればなんて考えていた。

しかし、現実には、ユウ君と白井さん夫妻を近づけるどころか、かえって引き離すような結果を招いてしまっているのではないか?白井さん夫妻に、あきらめの心を起こさせてしまっているのではないか?

「でも・・・、でも、ユウ君は、幸せだと思います。優しい人たちに引き取られて、不自由のない暮らしをしているわけだし」

「金銭的にはね。わたしは、退任するまである企業の経営者でしたから、経済的な面では、そんなにユウを困らせることはないかもしれません。だが、心の豊かさを与えられるかどうかは、わかりません。だれにも、わからないことでしょう」

確かに、そうかもしれない。

人の心というのは、形もなく色もなく、味もなければ臭いもない。それを言葉で説明しろと言われたら、これほど説明できないものは、他にないのではないか?

藍は、何とかして白井さん夫妻の思いを、明るい方向へ、楽しい方向へと切り替えさせてあげたかったが、自分の中にそれができるほどの経験や、それに基づく言葉がないことを思い知らなければならなかった。

そもそも、十四歳の少女に、経験豊かな老夫妻を励ますなんてこと自体が、難しい話なのだ。

「施設の方の話では、あの子は、母親から桜公園に置き去りにされていたのだそうです。一緒にカバンが残されていて、中から住民票や保険証が出てきたため、身元はすぐにわかりましたが、その後、母親の遺体が隣町の川の河口に浮かんでいるのが発見されました。ユウが、まだ四歳の頃の話です」

「ええっ?それって・・・」

「自殺ではないかというのが、警察の判断です。目撃者がいるわけではないので、はっきりとはしませんが、奇妙なことに、もうひとり別の女性の水死体が近くで発見されたとのことです。それ以上のことは、施設の人も知らないらしく、教えてはもらえませんでしたが」

「・・・・・」

何てことだろう。この話、わたしには重い。重すぎるよ・・・。

ユウ君が、お母さんから桜公園に置き去りにされたという話は、知っていた。そして、そのお母さんが、もうこの世にいないという事実もわかっていた。

けれども、その死因が自殺だってこと、うすうす気づいていないわけではなかったが、こう、はっきりと断定されてしまうと、なかなかショックは大きい。

しかも、近くで発見されたというもうひとりの女性の水死体は、いったいだれなの?

まるで推理小説のような展開に、藍の肩は、ずしんと重くなった。推理小説なら、謎解きを楽しむこともできるだろうが、これが現実の話となると、考えるだけでむなしくなる。

すると、その時、藍の頭の中で蒼の声が響いた。

「藍、大変よ!死神が来た!」

「えっ、どこ?」

思わず声を出しそうになって、慌てて引っ込めた。白井さん夫妻がいる前で、蒼と会話をするわけにはいかない。

「あの、話の途中ですいません。わたし、ユウ君のところに行ってきます。橙真ひとりに任せとけないから」

かなり、不自然な理由付けになってしまったと思う。

白井さん夫妻は、急に慌て出した今のわたしの様子を奇妙に思わないかしら?

そんな心配をしながらも、藍は、小走りに駆け出した。

しばらくすると、蒼と黄門様が走る藍の少し上空に現れ、宙に浮いたまま並走する。

「橙真君が、怪我をしたみたい!」

いきなり、蒼が言った。

「ええっ、うそ!」

「死神のやつ、いきなり襲ってきたらしいわ。橙真君は、ユウ君を守ろうとしたんだけど、そのはずみで・・・」

「うそ!うそ!うそ!」

泣き出したい気分だった。

まさか、本当に橙真が怪我をしたの?どんな怪我?浅いの?深いの?

あらゆる感情がいっぺんに湧き上がって、直後に怒りに変わった。

「橙真に何かあったら、絶対に許さないから!」

一緒にいた蒼や黄門様がびっくりするほどの、藍の剣幕だった。

「まあまあ、落ち着きなされ。ほんのかすり傷だという話じゃよ。すぐそこの川べりにおるはずじゃ」

黄門様になだめられた通り、橙真は、走って二、三分ほどの場所を流れる川のほとりで、ユウ君にぴったりと寄り添うようにして立っていた。

その二人を守るように、アカ子とミドリちゃん、ムラサキ殿が、川の反対岸にいる黒い人影と対峙している。

死神だ!

以前は見ることすらできなかった死神の姿が、今の藍には、はっきりと見える。それだけ、藍の死の時間が近づいているということなのだろうか?

死神は、トランプのジョーカーが持っているような巨大な鎌を両手で構えて、隙あらば飛びかかろうと、こちらの出方をうかがっている。

アカ子がチェーンをぐるぐる振り回して、そんな死神に一撃を食らわせてやろうと姿勢を低くしている。

そこへ、藍たちが到着した。

「橙真!」

勢い込んで走ってきた藍に気を取られたのか、援軍の存在に恐れをなしたのか、死神がひるんだように後ずさりした。

そのチャンスを逃さなかったアカ子が、猛ダッシュで宙を飛び、持っていたチェーンを死神の鎌に巻き付けた。

「橙真、大丈夫なの?」

必死の形相を浮かべる藍の様子に、橙真は、つくろうような笑を浮かべた。

「おう、大丈夫、大丈夫。おれひとり、勝手に転んだだけだよ」

見ると、左腕の肘をすりむいて、血がにじんでいる。

「本当にすり傷だけ?」

「おう」

「そうか。よかった・・・」

深い安堵感が、体の下から頭のてっぺんにかけてこみ上げてくる。と同時に、同じくらいの強い怒りで全身が熱くなった。

「死神さん!あなたは、ユウ君に取りついているんでしょう?それを、関係のない橙真にまで怪我をさせるなんて!」

怒鳴ってみたものの、死神に、ちゃんと「さん」を付けるあたり、藍らしいと言えば藍らしい。

死神は、アカ子との力勝負になって身動きできない状態だったが、藍を見ると、何を思ったか握っていた鎌を放り出し、こちらに向かって突進してきた。

力余ってしりもちをついたアカ子が、「危ない!」と大声で叫ぶ。

「えっ!」

一瞬の出来事で、何が起こったのか理解できなかった。

死神は、橙真でもなく、ユウ君でもなく、藍の首に両手をかけ、そのままの勢いで超低空飛行に入った。

グググッと藍の首を締め上げる。

「うぐっ」

あまりの苦しさに、意識が遠くなった。

どういうこと?今度は、わたしを殺すつもりなの?

相手の冷たい手首を握り返しながら、このままでは、本当に死んでしまうと、藍は、恐怖のうちに思った。

が、その時、死神に追いついて後ろから羽交い絞めにした者がいる。

蒼だった。蒼は、死神の首に腕を巻いて、力いっぱい締め上げた。たまらず藍から手を離した死神は、蒼の腕を振りほどこうと必死になった。

「観念しなさい。もう、逃げられないわよ!」

ここぞとばかりに腕に力を込めると、さすがの死神も、かすかに悲鳴をもらした。

ところが、その悲鳴にギョッとした表情を見せたのは、他でもない蒼である。

「えっ・・・」

短く区切った驚きの声が蒼の口からもれた時には、死神は、器用に体をくねらせて、蒼の腕からすり抜けてしまっていた。地上に落下して、仰向けのままゴホゴホとせき込んでいる藍に、再び接近しようとする。

が、藍のもとへ駆け付けた橙真の方が早かった。橙真が本気でこぶしを握り締めると、死神は動きを止め、別の場所へ顔を向けた。

その視線の先にいたのは、ユウ君である。

「おのれ、死神め!拙者が、成敗してくれる!」

ムラサキ殿とミドリちゃん、そして、立ち上がったアカ子が、死神の前に立ちはだかった。

肝心のユウ君はと言えば・・・。

そう、ユウ君は、劣勢になりつつある死神を眺めながら、ぽかんとした顔をしていた。まるで、蒼と同じように。

「ゲホッ!ゲホッ!」

胸を押さえながら、ようやく上半身を起こした藍に気づいて、ひざまずいた橙真が、その肩に腕を回して体を支える。

「藍、大丈夫か?」

「ゴホッ、うん・・・、大丈夫・・・」

かろうじて声が出た。しかし、一度殺されかけた恐怖は、簡単には治まらない。

震えている藍を見て、橙真は、低く唸るような雄たけびをあげた。

「・・・この野郎!」

再び立ち上がった橙真の尋常ではない剣幕に押された死神は、われに返ったように空中へと逃げ延びた。

それから、もう一度ユウ君を見つめ、藍を見つめると、アカ子のチェーンにからめ取られて地面に落ちていた鎌を拾い上げ、そのまま姿を消してしまった。

「蒼、追うんじゃ!」

黄門様が叫んだが、時すでに遅し。

放心したようになっていた蒼は、慌てて追いかけようとしたが、もう間に合わなかった。

「死神のやつ、本格的に攻めてきたね、ケケケ。もうちょっとでやっつけられるところだったのに、惜しかったね、ヒヒヒ」

まさに、ミドリちゃんの総括の通りだった。

確かに惜しかった。しかし、何よりみんなを驚かせたのは、死神の本気度だ。

まさか、ここまで全力で攻めてくるとは、だれひとり予想していなかった。取り逃がしてしまったからには、今まで以上に相手の出方を警戒しなければならない。

しかも、さらに不気味なのは、死神の目的がよくわからないことだ。橙真の怪我は偶発的なものだったとしても、なぜ、藍を手にかけようとしたのだろう?死神は、ユウ君に取りついているはずなのに。

しばらくしてから戻ってきた藍たち三人を迎えた白井さん夫妻は、橙真の左腕の肘のすり傷や、土ぼこりにまみれた藍の姿を見て驚いた様子だった。

「どうしたんですか?何かあったんですか?」

「いえ、みんなで遊んでいたら、ぼくとこいつの足がからんで、転んだだけですよ」

心配そうに問いかけるユウ君のお父さんに、橙真が、あらかじめ口裏合わせをしておいた通りに答えると、ユウ君のお母さんが、「まあまあ、大変!」と言って、橙真の傷に持ってきたバンソウコウを貼ってくれた。

もちろん、ユウ君にも、死神のことは絶対にしゃべらないよう念を押してあったので、白井さん夫妻は、本当に遊んでいる最中の怪我だと信じてくれたようだ。

ただ、藍は、ユウ君の様子が気になっていた。

さっきから、ユウ君の表情がなんとなく暗く見える。もともと、どこか影のあるユウ君ではあったが、心ここにあらずといった感じなのである。

もっとも、様子がおかしかったのは、蒼も同じだった。

「ありがとう!蒼がいてくれなかったら、わたし、死んでいたかもしれない」

蒼の活躍のおかげで命拾いした藍がそう言った時、蒼は、ちょっと困ったような目をして、作り笑いを浮かべたのだ。

「え?あ・・・うん。よかったね」

「さっきは、酔っぱらっていることをなじってごめんなさい。やっぱり、蒼がいちばん頼りになるわ」

「そう?そんなことないよ・・・」

おや?なんか、蒼、元気なくない?

そう思ったのは、決して気のせいではなかった。

その後も声をかけた藍に対して、蒼は、「うん?」とか「そう」とか、単発の言葉しか返さなかったのだ。普段は、やかましいくらいにしゃべる、あの蒼がである。

今も、蒼をはじめとするレインボーチームは、白井さん夫妻から見えないよう姿を消しているから、蒼がどんな表情をしているか見て取ることはできないが、恐らくユウ君と同じような顔をしているはずだ。

これは、どういうことなのだろう?この短い時間のうちに、二人に何があったというのだろうか?

藍は、戸惑うばかりである。

その後、帰宅の途につき、ユウ君と白井さん夫妻を自宅まで送り届けると、さすがに藍の体にどっと疲労が押し寄せてきた。

長距離を歩いたせいもあるが、そんな肉体的な疲れよりも、精神的なものの方が大きい。

なんと言っても、藍は殺されそうになったのだ。

桜公園でユウ君といるところを襲われた時は、相手の姿を見ることはできなかった。

だが、今回は、あまりにも死神らしい死神の姿を目の当たりにし、そいつに首を絞められたのだから、恐怖は何倍にもふくれあがってしまった。

怖いよ。あんな、悪魔みたいなやつに殺される死に方だけは、絶対にしたくないよ。

道すがら、そんなことを考えていた藍だったが、「ねえ、蒼、そこにいる?」と、宙に向かって声をかけてみても、蒼の反応はなかった。

すると、蒼の代わりに黄門様が姿を現した。

「蒼のやつは、何か用事があるとかで、どこかへ行ってしまったよ」

「ええ?」

「妙に落ち着かん様子じゃったが。珍しいことも、あるもんじゃ」

やっぱり、黄門様も、藍と同じことを感じていたらしい。

それにしても、こんな時にわたしのそばから離れるなんて、蒼ったら、本当にどうしちゃったのかしら?今、死神が襲ってきたら、どうするのよ?

ところが、黄門様まで、「わし、ちょっと、おしっこ」なんて言い出す始末だから、たまらない。

「ちょっ、待ってよ、黄門様あ!」

「待てん。もっちゃう」

「そんなあ」

「大丈夫。しばらくは、死神もやってこんよ」

何を根拠に、そんな断言ができるのかわからないが、黄門様は、「もっちゃう」を連呼しながら、振り返りもせずに先に帰ってしまった。

そもそも、幽霊のくせに、なんでトイレなんか行くのよ?お酒飲んで、どんちゃん騒ぎなんかしてるから、近くなるのよ!

心の中で悪態をついてみたものの、こればっかりは、仕方がない。

ため息まじりに苦笑いを浮かべる藍だったが、「幽霊って、なんか生きている人間と変わらないね?」そう言って、隣の橙真を振り返ると、橙真も、いつになく真剣な顔をして黙りこくっている。

「橙真?」

不安になって声をかけてみたが、硬い表情はピクリとも動かなかった。

「どうかした?もう、みんな、どうしちゃったのよ?蒼もユウ君も、それに、あんたまでなんだかおかしいよ!」

思わず声が大きくなってしまった。

いちばんどうにかしたいのは、殺されかけた自分なのだ。

死神に命をねらわれるという、この状況をどうにかしたい。もうじき死んでしまうという自分の運命を、どうにかしたい!

「みんな、わたしのことなんて、どうなってもいいんでしょ!そうよね?わたしなんて、ユウ君のおまけみたいなものだもんね!」

途中まで、そう言いかけた時、橙真が割って入った。

「・・・するなよ」

「・・・はっ?」

「だから、おまえ死ぬなよ」

「・・・・・」

「おまえ、絶対に死んだりしたら、だめだからな!」

びっくりするくらいの剣幕に押されて、思わず、橙真の顔をまじまじと見た。そして、また、びっくりした。

なんと、橙真の目が真っ赤だ。

橙真が泣くなんて、そんなこと、今まで一度もなかったから、藍は、ぽかんとしたまま立ち止まってしまった。

思いっきり、アホ面になっていたと思う。

でも、しばらくすると、藍の目からも涙がこぼれ落ちてきた。

「あれ?」

指で頬をなぞると、確かに涙だ。

わたし、泣いている?

そのことに気づいた途端、心の中で何かが爆発した。

「わあああんっ!」

自分で自分がわからなくなるくらい、悲しくなった。本当は、ずっと悲しかったはずなのに、今になって、それに気づいたという感覚だった。

「ごめん、ごめん!怒鳴ったりして、悪かった」

今度は、橙真がびっくりしてしまって、藍をなだめにかかる。なだめられると甘えが出て、さらに泣きたくなった。

「だって、だって、だって!」

だって何なのか、その後の言葉が出てこない。まるで、小さな子供と同じだ。

でも、この際、子供と思われたっていい。だって、死んじゃうんだから!

「ううう・・・、怖いよう、死にたくないよう・・・」

「ああ、大丈夫だよ。おれがついているから」

「・・・なんで、こんなことになっちゃったのかしら?わたし、何か悪いことした?」

「してないよ。悪いことなんて、おまえが、するはずないじゃないか。そうだろ?」

橙真は、泣きじゃくる藍の頭を、いい子いい子をするようになでながら、かんで含めるように言った。

「心配するな。おまえのことは、閻魔大王にかけ合ってでも、おれが守ってみせる。だから、もう泣くな」

「うん・・・うん・・・」

今の二人を傍から見たら、とても同い年のクラスメイトとは思えないだろう。藍についてだけ言えば、中学生にすら見えないかもしれない。

けれども、藍には、こんな橙真との時間が、とても心地よく思えた。なんだか、死んだ父さんと話しているみたいだ。

藍は、ヒックヒックとしゃくりあげながら父さんのことを思い出し、父さんのことを思い出すと、これ以上泣かないようにしようと思っても、どうしても涙があふれ出てきた。

橙真は、根気強く、藍の気持ちが治まるのを待ってくれた。

初夏の程よい暑さの中を、みかんの香りのする涼しい風が吹き抜けていく。遠い電車の音に耳を傾けていると、どこかから豆腐屋のラッパの音が聞こえて、なぜか、心が落ち着いた。

空には、積乱雲。本格的な夏が、すぐそこまで近づいている。

ようやく涙が乾いたころには、日もすっかり西に傾き、隣だというのに心配だったのか、橙真は、家の玄関先までついてきた。

「あのさあ、家、隣にあるんだから、危険を感じたら、窓開けて大声で叫べよ。おれ、すぐ駆け付けるからな」

「うん、ありがと。もしも、死神が襲ってきたら、すぐにそうする。大丈夫、蒼が帰ってくれば心配ない」

珍しく何度も振り返り、その度に手を振りながら帰っていく橙真を見て、すごく気を使ってくれているんだなあと、藍はしみじみ思った。

玄関のドアの鍵を開けようとしたら、鍵はかかっていなかった。

ドアを開けると、外から聞こえてくる娘の声に気づいていたのか、エプロン姿の母さんが目の前にいた。

「お帰り」

そうだった。今日は、母さん、早番で帰りが早いんだった。

夕食の支度の匂いに、ほっとする。母さんが待っていてくれる家って、いいなと思った。

母さんは、ほこりまみれで泣き腫らした目をしている娘を見て、驚いた顔になった。

「どうしたの?その格好?」

「うん。ちょっと転んだ」

「転んで泣いたの?」

「そう」

死神の話は、もちろんしなかったが、大まかにはうそではない。

「まったく、いくつになっても小さな子供みたいね」

そう言って吹き出した母さんを見て、藍も笑った。

その通り、ついさっきまで、藍は、小さな子供のように泣いていた。もっとも、泣いた理由は、死への恐怖と自身の運命への嘆きからだったが、藍は、笑いに包みこもうとする母さんの表情の中に、もしかして、気づかれている?という疑いを持った。

やっぱり、母さんは娘の微妙な変化に気づいているのではないか?

本当は、何もかも打ち明けてしまいたかった。母さんに自分の身に起こっていること全てを打ち明けて、思いっきり泣いて、思いっきり甘えたかった。

でも、そんなことはできない。そんなことをすれば、どんなに母さんが苦しむかを、藍は知っているからだ。

それで、代わりを橙真に求めてしまった。

今日の橙真は、藍にとって、大活躍だ。父さんと母さんの役割を、ひとりでいっぺんに引き受けてしまったんだから。

ねえ、父さん、今のわたしたちの姿、見えてる?どうして、父さんは、わたしたちを置いて、先に死んでしまったの?消防士の職務に殉じたから?

炎の中で泣いている子供を助けようとしたんだよね?

でも、その時、残されるわたしや母さんのことは考えてくれなかったの?そうならないように、ビーズの首飾りをプレゼントしたはずなのに。

「藍、何かあったら、母さんに言ってくれなきゃだめよ。ひとりで悩むのは無しね」

夕食の後、片づけを手伝う藍に向かって、母さんは、ひとりごとのように言った。前後の会話に、何の脈絡もなく。

その横顔の瞳に光るものが見えたような気がして、藍の胸は、ズキンとなった。

「うん、わかってる」

できるだけさりげなく、藍も答える。

間違いない。以前も感じたことだが、藍は、心の内を母さんに見透かされているような気がした。

死の瞬間まで、あと半月くらいしかない。本当にわたしは生き延びることができるのだろうかという不安が、油断をすると、むくむくと頭をもたげてくる。

「蒼、いるの?」

ベッドに入ってから、ひそひそ声で蒼に話しかけてみた。いつもだったら、間髪入れずに、「何?」と答えてくれるはずなのだが・・・。

「やっぱり、いないんだ・・・」

藍は、ひとりつぶやいた。

これ、どういうことなんだろう?死に至るまでの一か月間、蒼は、片時もわたしのそばから離れないんじゃなかったのかしら?もう、残された時間は少ないというのに。

不満が、藍の頭にわきおこってくる。

初めのころと違って、今は、常にそばにいてほしいのに、いったいどこへ行っちゃったの?